Beat the boat

 

追い越すんだ今を。

 

いつまでも何かに囚われていてはいけない。

 

人生は一度だ。そして思っているよりも短い。

 

肉体は現在に存在し、思考はいつまでもあの頃を彷徨っている。

 

今に追いつけないままで君がこの世を去るとき、君が愛した人はかわいそうだ。

 

今や君は、ギャッビーの言葉を知っているだろう。

 

「だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。

流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも」

 

So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.

 

だけど、はたしてそう言い切れるのだろうか?

 

捨てられずにいた積み荷を、そうも簡単に投げ出せるだろうか。

 

僕が投げだした積み荷の中には、なんの役にもたたないけれどずっと肌身離さずもっておかなければならないものが、たくさんあるだろう。

 

絶え間なく過去へと押し戻される、あるいは何かに囚われる。

 

それがいけないというのか。

 

誰かがやらないと

 

政治家でも、学校の先生でも、国家公務員でも、総理大臣でも、だれかがやらなくちゃいけない仕事。

 

誰かがやらなくちゃいけないが、その数が。

 

政治家は必要数に対して多すぎる。国家公務員もそう。

 

先生は必要数に対して少ない。

 

 

総理大臣は、ひとりしかなれない。

 

企業で働くサラリーマンは?

 

どれも数の話をしているが、その意味が違う。

 

今自分がしている仕事は?

 

 

古いけれど新しい夢

 

そこはたぶんアジアのどこかの大きなホテル。

 

僕は夜の会食を待って、バンケットルームを探すともなくホテルの中をうろついていた。

 

おおきな建物だ。どこまでがホテルで、どこからが夜の街なのかわからない。

 

雑貨屋で足を止めた僕は妻(たぶん妻だろう)へのお土産のために、実に様々なものを買いこむ。というか実際には買い込もうと抱え込む。

 

だけど、レジに立ってもなかなか順番がまわってこない。

しまいにはレジが解散してしまった。

 

僕は途方に暮れ、小さなほうのレジの正面の壁にへたり込んだ。

そこでは雑貨の実演のようなものをやっていて、子猫が走り出てきた。

その小さな人だかりの中から、店の副支配人のようなやや背の高い男がでてきて僕にお菓子とお茶を振る舞った。お菓子は日本の和菓子のようなもので餅が使われていた。

 

彼は僕に行った。レジで支払いを済ませたいのならもっと自己主張しなくちゃね。

 

僕はそれまでもレジの列にきちんと並んで、その時はちゃんと自分の番が来たのだと主張した。だけど僕の番が回ってきたとたんに、レジ打ちの店員は、そそくさとさも自分はもっと大事な仕事があるのだ、とでもいうように雑貨の包装 - 多分それは観葉植物だったと思う - を始めたのだ。

 

僕は意を決してその小さなレジに並ぶために、もう一度しなものを抱え込んだ。そこには、さっきレジ打ちの店員が大事そうに包装していたような観葉植物も含まれていた。

 

彼は - さっきの彼だ - あっと言う間に僕の品物の決済をすませてくれた。そこで僕ははたと気が付いた。ここは外国なのだ。観葉植物を買っても日本に持ち込めない。

(いや、僕は日本にかえるんだったっけな?)

 

しょざいなさげにしていた僕は、ふと夕食の待ち時間(それは決まっていなかった)が気になり出し、携帯電話のショートメールのアプリを立ち上げた。

 

そこにはいくつかの事務的な連絡が入っていた。夕食の時間だ。だけど僕は約束をしていた人たちとはなかなか会えなかった。

 

ひとしきり飲んで食べて、(車を運転できない程度に)酔った僕は、車を停めさせてもらっていた馴染みの自動車販売店に歩いてもどった。

 

そこには彼女がいた。

 

以前よりも髪をあかるい茶色(黄金と言っても良いほどだ)に染めたかブリーチした彼女は、僕が後ろを往ったり来たりしてもまったく振り向かないでいた。

 

彼女は僕がそこにいることを知っている。知っている。

 

僕はなにか用事でもあるかのようにそこらを歩き、母屋とは別のたてものになっているトイレに行ったりしたが、彼女は最後まで僕の方を見なかった。

 

しかたなく僕は、停めてある自分の車のそばまで行って、車を運転できないほど酔っていることを思い出した。いや、知っていたけれど車を一目見たかっただけなのかもしれない。そこにはあのときの車があった。トヨタのおおきなスポーティGTだ。きれいだった。細部まであのころのままだった。

 

僕はあきらめて、駅(それはたぶん駅だろう)に向けて歩き出した。

 

ここはどこなんだろう。

 

通りを抜ける。近道を通る。そこは知らない人が生活している通りだ。少し貧しい人たちの。

 

僕は誰かのあとをついていく。民家の縁側のようなところを通る。年配の夫婦がモノを散らかしてその縁側で眠っているそばをとおり、時には彼らを跨ぎ、一段上り、一段さがり、僕は歩いてゆく。

 

どこへ行く。

消去法

 

目覚めて車にのりこみ、あの国道をぬけて川沿いの道から峠を越える。

そこではじめて、まともな(食える)朝日を浴びる。

 

それまでの50分間、体は少しずつ醒しているが、僕の意識は暗闇から抜け出せずにいる。

 

たしかに、峠を越えたあたりで何かがカチンと切り替わっていた。それを意識し始めたのはここ数年のことだ。

 

 

陽光か、それともただ時間が経過したからなのか。

 

理由はなんだ。僕を精神の暗闇から引きずり上げてくれるものはなんだ。

 

僕はそれにすがりたい。50分も待てない。

 

あるいはこうだ。

 

僕の深層心理には何かが巣食っていて、それが僕の思考にいたずらをしている?

 

巣食っているのはなんだ? 

 

僕はそのことを考えると神経質になる。

 

あるいは原因がわからないから考えまいとする。

 

だけど、休みの日には起こらない。仕事にいくときだけだ。それが出張でも同じ。自分だけが休む日も同じだ。

 

会社が蠢いていればそれは必ず起こる。

 

会社の何が原因だ?

 

ひとつひとつしらみつぶしに確認していってやろう。

 

どうやって確認しよう。そうだ、毎日ひとつ、あやしそうなものを爆破していこう。

 

当たり籤をひけば、あるひ突然、その何かを爆破した次の日から、僕は朝あの幼いころの朝日のまばゆい輝きのなかで金色に目覚めるだろう。

 

ひとつひとつ、確実に爆破していこう。それが何だったのか、ちゃんとわかるように。

 

絶対に、一度に二つ以上やってはいけない。

 

僕はその正体を知りたいんだ。そして、それがなぜ僕を苦しめていたのか、そのメカニズムをきちんと解明したい。

 

そうするまでは、完全には僕はその世界から足を洗えないから。

 

明日がスタートだ。

 

そして僕は周到に計画してひとつづつ静かに、だけどあとかたもなく、関係のありそうなものを片っ端から消し去っていく。

 

最後には、会社の建物を吹っ飛ばした。

 

それでも完全には霧が消え去らない。

 

最後に僕は自分自身を消し去る。

 

ただしそれはきちんと順序だてられて形式的に済まされなければならない。

突然おこってはいけない。

 

偶発的でもないし、発作的でもない。

 

理性と落ち着きを持ってそれを実行するからこそ、その効果がきちんと確認できる。

 

だから僕は、実行前の一時間で様々なことを考えることにした。

 

たとえば何かを思い出す。昔のことを思い出す。

 

たとえば時間があったら考えようと思っていたことを考える。

 

そしてあの日のことを思い出す。

朝日は黄金色に輝いて、舞い上がる片栗粉にむせる。

物置の裏手の、削り取った山に面した日の当たらない場所で吸いこんだ、生暖かい生命の息遣いとむ舌苔を思い出す。

 

一歩入れば、私をすべての悪いものから守る、その古いが手入れされてきた愛しき我が家を思い出す。

 

触るとぽろぽろと崩れていく感想した青いクレヨンのような淡い恋を思い出す。

 

何もかもを思い出す。

 

とても心地よい気持ちだ。その後のステップがきちんと決まっているから。

 

そして僕は僕自身を爆破する。確実に。

 

その瞬間までの一時間、僕は自分自身に誓って、えっちゃんとよっちゃんに誓って幸せだった。

 

なにもかも与えられ、そして忌避すべきもの - それは今になって見れば自分自身だったのかもしれない - から逃れることができたのだから。

 

 

僕は自分自身への説明責任を果たしてから起爆装置を押し、あちら側へと渡った。

 

カツアゲ

 

人の所業の総重量はいつも同じ

 

そう、ちょうど地球くらいの重さです

 

カツアゲの代わりに、今は別の何かが重みを持って、地球のバランスを保っているのです。

 

 

 

 

あの谷間の国道

 

ふと書きかけの文章を思い出した。

 

やはりあの国道は、狭い世界に生きる僕にとっては行き詰まりの象徴だ。

 

合流してくる道はたくさんあるが、そこから枝分かれする道はなく

 

集落の幅はもっとも細いところだと100メートルにも満たない。

 

言い換えると、合流してくる者はあっても、そこから出ていくには死ぬしかない。

 

ベトナム戦争には出口があったのだろうか。

 

君は、ベトナム戦争の中にいて、そこで君が愛するその人をみて、

 

また一方で、君は、君が愛するその子の眼を通して来るであろう世界を見る。

 

それは素敵なことのようにも思えるし、計り知れないほどのあきらめを強要されるようにも思える。

 

僕は訪ねてまわった

 

あなたは〇〇株式会社におつとめですか?

 

あなたの御主人は?

 

お父さんは〇〇で働いているの?

 

僕は突然、朝のコンビニエンスストアに出入りするひとたちに

 

誰彼かまわずそのように訊いてまわった。

 

欲しかったこたえは一つだ。

 

統計学的に考えたいだけだった。

 

だけどそのコンビニは北側にあるから統計的には私の希望を助長する。

 

でもぼくはそれを知って一体どうしたいのだろう。