読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自分の仕事に未来がない

 

と断定的に書いてしまいましたが、まあ、その通りです。

 

35~40歳までは、若いころより少しお給料が増えたのと、社内での立場が少し変わったため、いわば勘違いをしてしまって、経済的にも精神的にも、先の先まで考えるのを後回しにしていました。いや、後回しという意識すらなく、もう再考しないでよいものとして、どこかへ“しまって”いました。

 

ところが、40歳をすぎると劇的に(悪いほうに)変化しました。世の中のありとあらゆることが心配になりまして。なにが言いたいかというと、自分の限界が見えそうになって悪あがきを始めた、ということです。

 

今の仕事をリタイアするまで続けたとして、果たしてやりがいを感じられるのか、自尊心を保てるのか、経済的には大丈夫か、など、価値観の変化とともに心配ごとが増えてきたわけです。

 

自分には、昔から誰にも言わずに夢見てきた職業が、いくつかあります。その中でも最もやりたいことに対する準備というのを、今になってやっと(少しづつですが)始めました。しかし、遅々として進みません。

 

こういった不安や夢について語り合える相手がいればよいのに、と思うようになりました。もちろん、酒のつまみのような話を期待しているわけではありません。

 

万能感と焦燥感と諦観が、入れ替わりで訪れます。

 

僕は心が強い(鈍感)みたいで、精神的に参って生活に支障をきたすまでにはなっていません。しかし、そういうことを考えてしまう事で、人生を少しずつ蝕まれている、残された時間を無駄にしている、という実感はあります。

 

こうやって文章にしただけで解決した気分になってはいけない、今やろうとしていることを地道に(愚直に?良い言葉が見つかりません)続け、“ただくよくよするだけでなにも生まない”という時間と決別するしかないと思っています。

 

自分の力を信じることが何よりも大切なんだと思います。

 

日曜の夜の洗濯

 

自分のお気に入りのカットソーとタンクトップ、それから、仕事用に買った下ろしたてのソックスを洗濯かごから選り分け、ホームクリーニング用洗剤を使って洗濯機をソフトに設定して洗った。干すのは二階の一室で、乾燥機のタイマーは6時間に設定した。夜中の娯楽的な洗濯だ。

 

カットソーは、チョコミントのアイスクリームのような柄で、タンクトップはグレー。ソックスは、薄い茶色に模様が入っている。

 

自分の大切にしている衣類が愛しい。全部、ホームクリーニング用洗剤で洗いたい。洗えばいいとも思う。そもそも、ホームクリーニングとは名ばかりで、その洗剤を使うこと以外はよく知らない。少し勉強だ。

 

 

今読んでいる超長編小説の第六巻を、楽天ブックスで注文した。火曜には届くようだ。送料のかかる古本より、送料無料の新品の方が安い。

 

読んでばかりではなく、書く方も進めなければいけないと思った。

 

4月15日の食生活

朝はいつも通りオムレツを作り、車で往復1時間もかかるパン屋で先週仕入れて、冷凍しておいたパンを焼く。

 

間違えて無塩バターを買ってしまったため、メープルシロップと一緒にパンに塗ると、どうもお菓子のようなぼやんとした甘さになってしまった。

f:id:lafhr188:20170416170021j:plain

 

昼は、買い物がてらそのパン屋で一週間分のパンを買ったついでに仕入れた惣菜パン三種を奥さんと分ける。今日は緑ものが挟まれたパンが売り切れていたので、冷蔵庫にあったサニーレタスを添えた。

f:id:lafhr188:20170416170025j:plain

 

夜は、奥さんが作った鶏水炊き風。これだけは贅沢した、馬路村のポン酢でいただいた。普通のポン酢の2倍の値段だったが、昔よく泊まった山間の温泉地を応援するつもりで買った。

f:id:lafhr188:20170416170106j:plain

f:id:lafhr188:20170416215010j:plain

 

春を集めたような匂いが高くとられた窓から入ってきた

 

それはどこの話かというと、会社のトイレの話。

 

理由は知らないけれど、高くとられた窓から入ってくる風はいつも、手ぶらではやってこない。

 

あるときは、懐かしい母の香水の香り、あるときは四季折々の植物の香り、そしてあるときは。

 

建物と建物の間に渡された廊下のあたりで、風が舞うのだろう。

浜松駅前にて

土地が平たい

風が吹いている

暖かい

時間の流れが(住んでいるところに比べて)緩やか

 

f:id:lafhr188:20170413083318j:image

 

人々の顔つきが(住んでいるところと)違う

 

僕のような個人的な人間が、心身のバランスを健全と言えるレンジで保ちながら生きていくには、生活環境の多様性を保っておくことが重要だ。少しづついろいろな毒を取り入れて体や心を慣らしておく。自分の体の中のジャイロでは、大きなインプットに対して弱くて、精神や体全体が揺さぶられてしまうから。

 

f:id:lafhr188:20170413083305j:image

 

日本を代表する企業の一件を思う晩ごはん

 

仕事でもプライベートでも、大企業には直接的な縁のない自分です。

そんな目線で、自分なりに最近よく耳にする一件を考えました。

僕がとても小さい人間だという前提で書きます。


突如として経営の悪化した超一流大企業の経営陣が、これまでどんな人生を歩んでその立場に到達したか、想像してみる。大企業に就職して安定を得ること自体が大企業に就職した理由だとしたら、入社した時から重度の大企業病に罹っていたということだ。

 

そして、僕自身がそういう人生を歩んできた経営陣のひとりだと仮定する。そうすると、今の状況は想像に易い。慌てぶりも想像できる。あなたはその会社の経営陣ではないし、なれるわけもないという人があるかもしれない。でも、それは規模や難易度、責任の大きさの問題ではないような気がする。

 

それは、そんな状況になるまでに、どのように準備をしてきたか、に尽きる。

あるいはどのように準備をしてこなかったか。

 

それまで優勢だったオセロの駒が、どんどん相手の色に変わっていく流れをどうやっても止められない、という経験をした人はたくさんいるだろう。潮目が変わる、というやつだ。そうだ、潮目は必ず変わる。いわゆる日本の大企業と言われる会社や、そこで働いている経営の人たちは、大局的にそういう状況に直面したことがあるだろうか。

 

それまで終始優勢に(あるいは安寧に)勝負を進めてきた人は、夜討ちのような出来事に、損切りをするという決断ができない。目の前の被害も自分のポジションへのダメージも最小限に止めたいし、それが可能だという根拠のない確信から、かえって傷口を広げてしまう。

 

有能で救世主のような役員がいれば・・・と思うかもしれない。でも、そのような人は今のような状況に陥るまでに淘汰されている。救世主が生き延びられるような土壌があるなら、どこかで違う舵取りをしていただろうし、もしそうだとしたら、既存の意味での、日本人が憧れる大企業ではなくなって、もっと外に目を向けていただろう。

 

考えがうまくまとまらないうちに書いてしまったから、言いたいことがぼんやりしている。でも、だいたいこういうこと。

 

あくまでも自分が小さい人間だという前提で書いています。

 

ということで今日の晩ごはん。

汁気の多すぎる牛丼に、賞味期限切れの卵をふたつ入れて卵とじ風にして食べました。

 

f:id:lafhr188:20170410214157j:plain

 

以前の自分ならしなかった買い物

 

よっちゃんが生まれる少し前から、奥さんはスーパーで買った黒いスリップオンを履き続けていました。

 

よっちゃん第一で、あわてているとどうしてもカカトを折ってしまう奥さん。樹脂でできたソールもすり減ってきていました。

 

だから、さっきショッピングモールに寄ったときにあるお店で見つけた春(夏?)らしいスリップオンと、店員さんに選んでもらったそれに合いそうなソックスをプレゼントしました。(しめて3500円でした。高い?安い?)

 

f:id:lafhr188:20170410150118j:image

 

明日の検診は履きなれたスリップオンで行ったほうが良いけれど、よっちゃんと一緒に近くを散歩するときは、新しいのを履いたらいいよ。

 

よっちゃんが生まれるまでは、奥さんのものをこんなふうに買ってかえることはなかったなあ・・・