日本を代表する企業の一件を思う晩ごはん

 

仕事でもプライベートでも、大企業には直接的な縁のない自分です。

そんな目線で、自分なりに最近よく耳にする一件を考えました。

僕がとても小さい人間だという前提で書きます。


突如として経営の悪化した超一流大企業の経営陣が、これまでどんな人生を歩んでその立場に到達したか、想像してみる。大企業に就職して安定を得ること自体が大企業に就職した理由だとしたら、入社した時から重度の大企業病に罹っていたということだ。

 

そして、僕自身がそういう人生を歩んできた経営陣のひとりだと仮定する。そうすると、今の状況は想像に易い。慌てぶりも想像できる。あなたはその会社の経営陣ではないし、なれるわけもないという人があるかもしれない。でも、それは規模や難易度、責任の大きさの問題ではないような気がする。

 

それは、そんな状況になるまでに、どのように準備をしてきたか、に尽きる。

あるいはどのように準備をしてこなかったか。

 

それまで優勢だったオセロの駒が、どんどん相手の色に変わっていく流れをどうやっても止められない、という経験をした人はたくさんいるだろう。潮目が変わる、というやつだ。そうだ、潮目は必ず変わる。いわゆる日本の大企業と言われる会社や、そこで働いている経営の人たちは、大局的にそういう状況に直面したことがあるだろうか。

 

それまで終始優勢に(あるいは安寧に)勝負を進めてきた人は、夜討ちのような出来事に、損切りをするという決断ができない。目の前の被害も自分のポジションへのダメージも最小限に止めたいし、それが可能だという根拠のない確信から、かえって傷口を広げてしまう。

 

有能で救世主のような役員がいれば・・・と思うかもしれない。でも、そのような人は今のような状況に陥るまでに淘汰されている。救世主が生き延びられるような土壌があるなら、どこかで違う舵取りをしていただろうし、もしそうだとしたら、既存の意味での、日本人が憧れる大企業ではなくなって、もっと外に目を向けていただろう。

 

考えがうまくまとまらないうちに書いてしまったから、言いたいことがぼんやりしている。でも、だいたいこういうこと。

 

あくまでも自分が小さい人間だという前提で書いています。

 

ということで今日の晩ごはん。

汁気の多すぎる牛丼に、賞味期限切れの卵をふたつ入れて卵とじ風にして食べました。

 

f:id:lafhr188:20170410214157j:plain