戸惑い

脆い。

 

一瞬一瞬を運よくやり過ごしている。

 

すれ違う人、車、他人事とは思えない出来事。

 

私たちの踏みしめる地面を支えているものは、(もはや)何もないと気づく。

 

いや、最初からなかったのだと思い知る。

 

家の前の道路際に敷かれた庭石に座って微笑む母たち。

 

抱かれているのは僕だ。1970年代。

 

何かが、胸にこみあげ僕の心をゆさぶる感情と、あの写真の場面を結び付けている。

 

それは何かと考えてみたのは今日が初めてだ。

 

そんなに時間はかからなかった。

 

皆が、繋がる未来を予感して、送り出した家族が家路につくのを待っていた。

 

祖父と祖母は、耐えて過ぎ去るのを待った時の嵐の爪痕を癒す時間を漂った。

 

誰かが切り取った場面でも、私にはそれだけが生きた時代の記録だ。

 

今の私よりもずっと若い私の家族が、がむしゃらに生きていた時代だ。

 

そこに切り取られたままのやさしい時間が、僕を今とても脆くさせる。

 

私は繰り返す時代の一場面にいて、時の流れは後ろから前に僕を押し出す。

 

そして、あの時と同じような時間がそこに横から流れこむ。

 

時の流れは決して一方向ではない。

 

命の嵐はいつも、縦横無尽に吹いている。

 

私たちを後ろから押しやる流れは、私たちが長い時を経て私たちの手で作った時の脈動だ。

 

私は今、横から吹く時間の流れに身を任せて、むこうの道へ横切ろうとしている。

 

(未完)