ある小説を読んで一年経った朝突然思ったこと

 

著者は、登場人物に自分を投影することで、自分に子供がいたかもしれないと言う可能性と心境をたどったのかもしれない。著者の自由だ。

 

しかし、著者は、その子供を一定の年齢まで育て上げる過程をどう考えているのだろうか。

 

子供がいる人生を夢見たのかもしれない。いたかもしれない子供を物語の中の彼女に重ねたのかもしれない。

 

でも、その彼女を育てたのは、今は宗教に傾倒してしまった父であり、悲運の死を遂げた母であり、その後を献身的に支えた叔母である。

 

著者は自身を彼らに投影できていたのだろうか。

 

そう思うと、果たしてこの作品がそんなにも素晴らしいものなのか?と自分に問いかけざるを得ない。